2011年3月25日金曜日
「被災者支援のつどい」参拝
「宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要」改め「被災者支援のつどい」に参拝してまいりました。
今回の法要の内容変更について様々なご意見、ご批判があるなか、当寺としても一時は団体参拝に参加することを中止にすることも検討したのですが、ご参加いただくご門徒方の「内容は関係ないんや、お参りさせていただくことが肝心なんや」という後押しもあり、予定通りバス1台総勢43名(内小学生2名)で京都へと上山することができました。
2011年3月21日月曜日
2011年3月5日土曜日
2011年1月1日土曜日
2010年12月7日火曜日
2010年10月24日日曜日
戦没者追悼式
森山校下(校区)の戦没者追悼式に遺族の方々がお集まりになり法要が勤まりました。
日本だけが被害者ではないということは、日本もまた被害者であるだけでなく加害者でもあるのでしょう。戦勝国が加害者で敗戦国が被害者とはっきりと線引きされるものではなく、どちらも被害者であり加害者なのだと思います。
敗戦国が一方的に自分たちは被害者であるということを主張し、戦没者を英霊として祀り上げ、自分たちがおこした戦争を正当化する限り、決して分かり合えるということはありません。自分たちが被害者であるということを主張する時、同時に加害者というものをつくりだしてしまうからです。また戦争を正当化する時、 同時に相手国に悪というレッテルを貼り付けることになります。よくよく考えてみると戦争というものは善対悪の争いではないのです。お互いに自分が正しいと 正義主張し争うのです。だからある意味、正義対正義の争いといってもいいのかもしれません。
お互いが正義を主張する時、お互いに相手に悪というレッテルをお互いに貼り合い、また加害者や被害者というレッテルを貼り合いながら終戦後もお互いに傷つけ合っているのが私たちではないでしょうか。
はじめから加害者と被害者がいるのではなく、被害者が加害者をつくりだし、加害者が被害者をつくりだしているのです。加害者は相手を被害者にしていることを謝り、被害者は相手を加害者にしてしまっていることを謝り、お互いが頭を下げあうことができた時、そこに本当に分かり合うということがあるのではないでしょうか。
自分の家族、自分の国が背負った悲しみに閉じこもるのではなく、相手の家族や国が背負っている悲しみにも気づいていくことができる、そういう戦没者追悼式でありたいと思います。
2010年10月18日月曜日
報恩講17-18日
17日18日、二日間計三座の報恩講が厳修されました。ご法話 は圓休寺前住職の村井昇慶師です。師は83歳のご高齢にもかかわらず、特に報恩講の時期には毎日のように私たちの地域の寺院を中心に精力的にご法話に歩かれています。子を亡くし妻を亡くされたという自らの経験を通して出遇い、いただき直していかれた念仏の教えを私たちに語ってくださいました。後日、ポッドキャストにて配信できればと思っております。
17日の夜は、簡単なお勤めと御伝鈔拝読。その後、親鸞聖人750回忌法要団体参拝に参加される人を中心にお集まりいただき、プロジェクターで練習用のDVDを観ながら『正信偈』真四句目下の練習をしました。私若院が講師を担当させていただきました。
18日、住職に代わって私が登高座に初挑戦(汗)
両日のお斎は近所のおばちゃん二人で作ってくださいました。
こころがこもっていて、とっても美味しかったです!
皆さん完食!!
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