2013年11月9日土曜日

住職就任式〜新住職「表白」並「挨拶」〜

10月18日、浄光寺報恩講・結願日中に併せ、住職就任式が執り行われました。


*表白*


敬って 大慈大悲の阿弥陀如来 人界の教主釈迦如来 浄土真宗の開祖親鸞聖人 当山浄光寺歴代住職・寺族・門信徒並びに十方三世の三宝に白して言さく
本日ここに「報恩講結願日中」並びに 「龍向山浄光寺 第二十三世住職就任式」をお勤めするにあたり 謹んで尊前を荘厳し 恭しく香華を捧げて 有縁の法類 門信徒と共に 仏祖の御前に 住職就任の決意を申し奉る

それ惟みれば阿弥陀如来は超載永劫の昔 濁世の凡夫を救わんと安養の浄土を建立し 宗祖親鸞聖人 如来の正覚を受け継いで浄土真宗を興して 念仏成仏の道を示し給えり
 
それよりこのかた その勧化を蒙り真実の信心を慶喜する門呂 幾千万ということを知らず また報恩の誠より出でて 仏法聴聞の場が建立されること 数多なり
 
当山もまたその一なり
一四六三年 ここに一人の僧あり 名を浄教房圓成と呼ぶ 浄土真宗の法灯を浄光寺に掲げ給えり
 
以来 五百五十年の間、歴代住職は宗祖親鸞聖人の教えを仰ぎつつ 怠ることなく衆人と共に 仏法聴聞に励み 法の灯を絶やすことなく その相続に苦心給えり
 
今ここに 第二十二世釋受宣住職より法灯を譲り受けし釋受任 その流れをくむとはいえども はなはだ浅学非才にして その器に非ざる故 慚愧の念いよいよ深し 
 
住職という立場に安住するに非ず 娑婆界に埋没するに非ず 親鸞聖人の「非僧非俗」の精神に立ち返り その間に於いて 自信教人信の歩みを重ね 門徒同朋と共にお念仏の生活に勤しみ み法の灯を絶やすことなく 受け継いでいくことを
敬って申す

       


*新住職挨拶*

本日は、お忙しい中「浄光寺報恩講」並びに「住職就任式」にご参詣いただきまして、誠にありがとうございます。平素より皆様方には浄光寺興隆に格別なるご尽力を賜わりまして厚く御礼申し上げます。

さる二月、総代の河合忠博さま、細川三千夫さまに帯同いただき参加しました住職修習に於いて、親鸞聖人御真影のもと浄光寺第二十三世住職を拝命賜わりましたことを、ここに謹んでご報告申し上げますとともに皆様方へのご報告が遅れましたことをお詫び申し上げます。

昨年、沖縄で聞いた話しですが、沖縄には、大谷派のお寺が一ケ寺しかありません。最近ようやく別院が建てられたという真宗未開の地といっても過言ではないようなところなのです。そのようなところですが、地道な活動によって少しづつ念仏者が誕生しているのです。そしてその中の何人かの人たちが、お寺を建てようと動いていらっしゃるそうです。今からお寺をはじめるという発想がなかった私は、大変驚かされました。

 
思えば、お寺に生まれ育ち三十九年、寺があることが当たり前のように錯覚しておりますが、はじめから浄光寺というお寺があったわけではありません。当然そこには出発点があります。お念仏の教えに出遇えたことを喜びとされた人が、その教えを伝え広めんが為に、仏法聴聞の場が開かれた、それがお寺の原点であります。

今を遡ること五百五十年昔、浄教房圓成によって浄光寺に法灯が掲げられたとされます。そしてその法灯が今、私にバトンタッチされるわけですが、その間消えることなく私のところにまで届けてくださった、歴代住職並びに無数のご門徒の皆さんのご苦労を思うと、住職の責務に身が引き締まる思いであります。

しかし、私に与えられた仕事は、お寺をただ相続させていくことではありません。その出処、すなわち浄教房圓成や親鸞聖人が喜びとされたお念仏の教えに皆さんと共にもう一度出遇い直していくことだと受け止めております。
 
さきほどの表白の中にも述べましたが、住職という立場に安住するのでもなく、娑婆世界に埋没するのでもなく、その狭間において自身が抱える迷いの身と向き合いながら、皆さんと共にお念仏の生活の歩みを重ねてまいりたいと思います。
 何卒、旧に倍して格別のご指導ご鞭撻を賜わりますようお願い申し上げます。

      平成二十五年十月十八日
                                                                 龍向山 浄光寺
                          第二十三世住職 釋受任